<姫神・星吉昭さんの音楽~東北への憧憬>

⑧星吉昭さんの足跡をたずねて~岩手への旅Ⅳ

 

岩手旅の最終日・3日目、2008331日月曜日の朝を迎えました。

花巻~遠野~盛岡~姫神山~小岩井と、星吉昭さんの足跡をたどってきた岩手旅。

 

最終日のこの日の目的地は、姫神作品を語る上で絶対に外せない場所、そして、今回の旅のハイライトとなる“平泉”でした。

 

星吉昭さんは、平泉をテーマとした曲やアルバムを多く残しておられ、また、野外コンサートも開催されました。

 

代表的なアルバムとして、『まほろば』『北天幻想』『炎・HOMURAの平泉追想3部作。

そして、コンサートでは、姫神唯一のライブDVD『姫神 浄土曼陀羅+MORE PICTURESの舞台でもある、平泉・毛越寺の浄土庭園でのコンサートが挙げられます。

 

そんな、星さんが曲のテーマとして描き、また、入魂のコンサートを行ったゆかりの地・平泉の姿を、この目で見たいと思いました。

 

この日は朝早く目が覚めましたので、出発する前に、盛岡の街並みをよく見ておこうと、朝食前に散歩することにしました。

 

盛岡城跡公園の方へ向かい、石割桜岩手銀行のレンガ建築を見て、そこから引き返し、盛岡の商店街の辺りを抜けて、ホテルに戻りました。

 

朝食をとり、2泊お世話になった客室とホテルに別れを告げ、平泉へ向けて出発しました。

盛岡から平泉へは、東北本線の各駅停車で、のんびりとローカルの車窓風景を楽しみながら行くことにしました。

 

盛岡から平泉までは、同じ岩手県内ながらも、約1時間20分程もかかります。

何と言っても、日本で北海道に次ぐ面積の岩手県。電車でかかる時間からも、その大きさを実感できます。

 

北上川に沿って、北上盆地を走る東北本線。

やがて、憧れの地・平泉駅に到着しました。

 

平泉駅を降りると、空はどんよりと曇っていました。

あいにく快晴というわけにはいきませんでしたが、かえって、曇天の方が平泉の歴史の重みが感じられました。

 

数々の歴史の舞台となった平泉。

特に、この旅の数年前には、大河ドラマ『義経』(滝沢秀明主演)を観ていたので、義経最期の地のイメージが強かったからかもしれません。

 

曇り空の下、平泉散策を開始しました。

 

平泉駅の周辺では、世界遺産への登録を目指す、ポスターや横断幕があちこちに貼ってありました。

(この旅の当時・2008年は、まだ世界遺産にはなっておらず、その後2011年に登録されました)

散策マップを入手し、まず、中尊寺を目指すことにしました。

 

その道中、柳之御所遺跡と高館義経堂に寄りました。

 

奥州藤原氏の館跡の柳之御所遺跡

建物などは復元されておらず、居館跡を示す説明の他、原っぱや少々の木々がはえた史跡となっていました。

 

その雰囲気から、奈良の平城宮跡や飛鳥といった史跡を思い出していました。

時代は違えど、それらと同じく、“夢の跡”という感じでした。

 

姫神作品で言うと、アルバム『炎・HOMURA』に「蒼い夢」という曲がありますが、まさに、この曲のようなイメージの光景でした。

 

次に、柳之御所遺跡から北へ向かい、高館義経堂を訪れました。

 

小高い丘の上に位置する高館義経堂

この地こそ、源義経が居をかまえ、また最期を迎えた場所でした。

丘の上からは、北上川の美しい光景が一望できました。

 

“夏草や つわものどもが 夢の跡”

 

尊敬する松尾芭蕉が、この地で詠んだ有名な句です。

 

3月なので、夏草はありませんでしたが、静かな森に包まれた義経堂で、しばし古に思いを馳せました。

その物悲しい雰囲気は、アルバム『北天幻想』の名曲「白鳥伝説」のイメージでした。

 

星さんも、芭蕉と同じく、この地に立って義経に思いを馳せたのかもしれませんね。

 

その後、平泉観光の中心地である、中尊寺に向かいました。

 

月見坂と呼ばれる、杉木立の巨木が並ぶ坂を登って行きます。美しい木立の合間に、中尊寺のお堂が姿を見せます。

散策しながら、同じく巨木に包まれた高野山を歩いた時のことを回想していました。

中尊寺は、実に美しいお寺だと感じました。

 

中尊寺の伽藍の奥の方へ進むと、最も有名な金色堂に着きました。

 

よく写真などで写っているのは、金色堂そのものではなくて、それを覆う覆堂で、実際の金色堂はその中の巨大なガラスケースに入っています。

黄金に輝く金色堂は、藤原三代のミイラが納められていることでも知られています。

 

まさに、中尊寺最大の見どころ。

金色堂は、姫神作品の名曲「大地炎ゆ」のイメージにぴったりですね。

東北に輝いた古の黄金文化を感じられました。

 

実際に平泉を歩くと、星さんが平泉文化の重み、香りを見事に音楽化されているのが、よくわかります。

 

中尊寺拝観を終えた僕は、平泉の旅、そして今回の星吉昭さんの足跡をたずねる岩手旅の、最終目的地・毛越寺へと向かいました。

 

アルバム『北天幻想』の組曲“北天幻想”に「毛越寺」という曲もあり、さらに、姫神唯一のライブDVDの舞台となった寺院です。

 このDVD2004年に発売されたのですが、コンサート自体は1995年の夏に行われたライブの模様が、収録されています。

 

それは、毛越寺の浄土庭園というところで開催されました。

 DVDを見て、その場所をぜひ訪れてみたいと考えました。

 

毛越寺に入る前に、隣接している観自在王院跡を見学しました。

池と、その周りの緑がとても美しいところでしたが、毛越寺の浄土庭園は、それをさらに上回る美しさでした。

 

毛越寺の門をくぐった僕は、そのあまりの広大さに驚きました。

 

坂の上にあった中尊寺とは異なり、平らな地にある境内は広々として解放感があり、空が広がって見えました。

美しい木々と、水をたたえた広大な池…。まさに、その名の通り“浄土”の美しさでした。

 

「ここで…この地で…、星吉昭さんがコンサートを開いたんだ…。」

とても深い感慨を覚えました。

 

この時はまだ世界遺産にはなっておらず、観光客もまばらで、とても静かにゆったりと見て回れました。

 

この旅では、岩手の美しい風景を数多く見ましたが、中でも、この毛越寺・浄土庭園は、特に印象に残りました。

 

姫神・星吉昭さんの作品の中でも、中期のニューエイジ・テイストな作風を最も好んで聴いていた自分にとって、とりわけ“平泉追想三部作”(『まほろば』『北天幻想』『炎・HOMURA』)は、特に愛聴してきた作品でした。

 

「まほろば」「大地炎ゆ」「風の祈り」…数々の名曲のモチーフとなった“平泉”。

特に、毛越寺・浄土庭園の光景は、その源泉を見た感がありました。まさに、星さんの脳内を旅したかのような感覚です。

 

 

こうして、星吉昭さんの足跡をたずねる岩手旅は、幕を閉じました。

星さんが愛し、音として紡いだ岩手の風景・こころを、肌で感じとることができました。

 

僕は残念なことに、生前の星吉昭さんにお会いすることはできず、またコンサートで生演奏に触れる機会は得られませんでした。

しかし、岩手の、星さんゆかりの地を旅したことで、とても大きな大きなものを、星さんから頂けたような気がしました。

 

人生の指針・アドバイスのようなものも感じとることができました。

この旅で感じたことや得たものは、その後の自分自身の人生、そして音楽活動に大いに役立てています。

 

それは現在の、近畿や北陸の歴史や自然をテーマにした、ヒーリング・ホイッスル音楽の創作活動にと結びついています。

 

 

平泉を後にした僕は、予定を変更し、もう一日、東北にとどまることにしました。

仙台に宿をとり、翌日は仙台市内と松島を観光しました。

 

そして、東京へ戻り、星さんと同じく尊敬する音楽家のゆかりの地、宗次郎さんの栃木県茂木町や、かけ出しの頃の若き喜多郎さんが過ごされた、鎌倉と富士山を旅しました。

 

旅を通して、自分自身、成長することができたと思います。

 そして、2か月間の東京滞在を終え、近畿に根ざした音楽を作っていく決意を心に秘め、大阪へと戻りました。

 

現在でも、姫神・星吉昭さんの音楽を聴くと、偉大な先達として、曲を通して多くのことを語りかけて来て下さる感じがします。

 

 

また、岩手旅に行ってから3年後には、東日本大震災が発生しました。

東北地方の復興を、心から願っております。

 

震災後、岩手ではありませんが、同じ東北地方の山形を旅しました。

今までに東北地方に行ったのは、この2回だけですが、もし次に行く機会があれば、青森・津軽にも行ってみたいと思います。

 

星吉昭さんの足跡をたずねる旅・第2弾として、アルバム『風の縄文』シリーズや、縄文浪漫コンサートの舞台となった、三内丸山遺跡。

名曲「十三の砂山」など、何度も曲のテーマとなった十三湖・十三湊も訪ねてみたい場所です。

 

もし、その願いが叶った暁には、この音楽コラムで記事化して紹介したいと考えています。

いつの日にか、行けることを願っております。

 

 

その願いが叶うまでの間、すでに連載している、宗次郎さんのアルバムレビューや久石譲さんのジブリ音楽レビューのように、姫神作品のレビュー記事も少しずつ連載していきたいと考えています。

 

ぜひぜひ、ご愛読いただければと思います。

 

コラム「姫神・星吉昭さんの音楽~東北への憧憬」、最後までお読み下さり、ありがとうございました。