<喜多郎さんの作風の変遷について>

<喜多郎さんの作風と居住地の関係>

 

喜多郎さんの音楽は、制作を行う場所(居住地)によって、作風が変わる傾向が見られる。

 

周辺の自然環境などから、様々なインスピレーションや影響を受けて、作曲するスタイルだからかもしれない。

 

 

(主な本拠地の変遷)

 

197980年に、鎌倉・腰越に居住していた若き喜多郎さん。

 

『オアシス』(1979)より「朝の祈り」

(喜多郎さんのYouTube公式チャンネルより)

 

シルクロードのテーマなどを生み出した後、長野県八坂村(現大町市)へ。

 

 『敦煌』(1981)より「風神」

 

 

『天空』(1986)より「天空」

 

八坂時代の作品『敦煌』(1981)~『天空』(1986)は、鎌倉の頃よりも、より雄大で広がりのあるサウンドとなる。

 

 

アメリカに移住した当初(1990年代前半)は、シンフォニックでロックな作風を志向し、ワールドワイドなアーティストに。

 

『古事記』(1990)より「大蛇」

 

『ドリーム』(1992)より「レイディ・オブ・ドリームス」

※歌:ジョン・アンダーソン(イエス)

 

 

アメリカのロッキー山脈・コロラド州に落ち着いてからは、ニューエイジ路線に回帰し、八坂時代の雄大さに、よりスケール感や洗練度、円熟味が加わった作風に至る。(1990年代後半~2000年代前半)

 

Thinking of you』(1999)より「エストレイヤ」

 

ANCIENT』(2000)より「母なる大河」

※カウンターテナー:スラヴァ

 

 

カリフォルニア州のサンフランシスコ郊外の町・セバストポールに移住した2000年代後半以降は、コロラド時代にあったような、スケール感や崇高な雰囲気のサウンドは影をひそめ、どちらかというと平面的なサウンド構成や、牧歌的な雰囲気の曲が多くなっている。

 

『空海の旅3』(2007)より「ウィンズ・ブロウ・オーバー・ザ・ヒル」

 

『ファイナル・コール』(2013)より「Shadow Of The Moon

 

 

こうしてみると、楽曲制作を行う環境・周りの住環境が、喜多郎さんの作風に多大な影響を与えていることがわかる。

 

制作拠点の風景・光景の特色と、喜多郎さんの音楽の作風が、かなりの点で一致していると言えるのではないだろうか。

 

 

 

(喜多郎さんの居住地と作風:まとめ)

 

①鎌倉(仏教寺院の多い風景)

→瞑想的な作風

 

②長野・八坂(日本アルプス・山岳地帯の風景)

→雄大で広がりのある作風

 

③アメリカ~ワールドワイド化(日米双方でレコーディング/世界のエンターテインメントの中心地・アメリカへ)

→映画音楽的な描写&シンフォニック・ロック的な作風

 

④コロラド州・ボルダー(ロッキー山脈・標高数千メートルの厳しい自然の風景)

→壮大なスケールと崇高な雰囲気の作風

 

⑤カリフォルニア州・セバストポール(サンフランシスコ郊外の田園地帯・平地の風景)

→平面的なサウンド構成・牧歌的な作風

 

 

今後、もし喜多郎さんがどこか別の場所へ移住することがあるとしたら、また作風が変化するかもしれない。

喜多郎さんの作品とともに、制作場所・居住地にも注目すると、より深く作品を楽しめるだろう。

 

  

喜多郎さんの主要作品一覧・目録